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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1238号 判決

控訴人 奥井芳夫

右訴訟代理人弁護士 岡林次郎

被控訴人 大谷清一

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の不動産につき所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人主張の売買契約当時、本件土地が被控訴人の所有であつたことは当事者間に争がなく、原審証人森下利三郎(第一、二回)≪省略≫の結果を綜合すると、本件土地は被控訴人の父大谷清吉(昭和三四年中死亡)が自ら金を出して他から買受け、被控訴人名義で登記しておいた事情にあり、耕作、管理も清吉がしていた関係上、清吉は、本件土地は事実上自己の所有で、自己に処分権ありと考え、昭和二五年一二月二〇日頃、訴外森下利三郎の仲介により、本件土地を控訴人に代金二四五、〇〇〇円で売渡す契約をなし、その頃右代金全額を受領して本件土地を控訴人に引渡し、爾来本件土地は控訴人において耕作していることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで控訴人は右売買契約は右清吉が被控訴人から代理権を授与され、被控訴人の代理人として締結したものであると主張するけれども、被控訴人の全立証によるも、被控訴人が清吉に本件土地の売却を委任し代理権を授与していたものと認めるに足らないから、清吉に代理権があつたことを前提として右売買契約の効力が被控訴人と控訴人間に生じたとなす控訴人の主張は採用しえない。

次に控訴人は仮に清吉に代理権がなかつたとしても、右売買契約は清吉が被控訴人の代理人としてした無権代理行為であるところ、被控訴人は、清吉の使者である訴外大谷タキヱに対して、昭和二八年二、三月頃右契約を追認する旨の意思表示をなし、控訴人はその頃右清吉より通知を受けてこの事実を知つたし、更に被控訴人はその頃、被控訴人の妻を使者として、同人をして本件土地売渡証に被控訴人の印鑑を押捺させた上これを控訴人に届けさせる方法により、控訴人に対し追認の意思表示をしたから、前示売買契約は本人である被控訴人に対しその効力を生ずるに至つた旨、並びに仮に清吉は被控訴人の代理人としてではなく、自己のために本件不動産を売買したものであるとしても、被控訴人は清吉の行為の無効であることを知りながら、前示方法により清吉の行為を追認したから、これにより新に本件土地の所有権を控訴人に譲渡したものである旨主張するので、審按するに、前掲証拠によれば、清吉は本件不動産を自己のため処分する意思をもつて売却したものであり、契約の締結に当つても、控訴人に対し被控訴人のためにすることを示さず、却つて仲介人森下利三郎を通じ被控訴人に対し、本件土地は自己の所有であるとして買受方を申込み、控訴人もそう信じて清吉から買受ける契約をしたものであることを認めることができる。

もつとも甲第一号証(不動産売渡証)及び同第二号証(委任状)には、売渡人及び委任者としてそれぞれ被控訴人の氏名である「大谷清一」の記名がなされているので、右文書上は被控訴人が売主となつた観があるけれども、前示森下利三郎の証言によると、右書類作成当時買主側では被控訴人の父の氏名を「清一」と誤解しており、江井町農業委員会へ本件土地所有権移転許可申請手続をした際、「清一」とは被控訴人の氏名であることが判つたので、仲介人森下において清吉に問糺したところ、同人は「本件土地は自分が買つて名義だけ息子の清一名義にしてあるもので、自分の所有であり、本件土地を買つたことを息子清一は知らない」と答えたことを認めることができるから、右甲第一、二号証に売渡人なり委任者の氏名として被控訴人の氏名が記載されている事実から直に、前示売買契約は清吉が被控訴人を売主とし自己がその代理人となつて締結したものであると認めることはできない。そうすると本件は被控訴人の父清吉が被控訴人所有の本件土地を自己の名において擅に売却処分した事案であると認められるから、厳格な意味における無権代理行為追認の問題は生じえないけれども、そもそも無権代理行為の追認と他人の権利を自己の名において処分した行為の追認とは、本質において同一であるのみならず、取引の円滑を期する実際上の要請から云つても、追認を単に代理行為の場合のみに限局するのは偏狭に失し、他人の権利を自己のそれとして自己の名において処分した場合にまで拡張するのが相当であるから(大審院昭和一〇年九月一〇日判決参照)、無権代理行為の追認に関する民法の規定は本件のような非権利者の処分行為の追認にも類推適用せらるべきものと解するのが相当である。

そこで進んで果して控訴人主張のような追認があつたかどうかについて判断する。

前掲各証拠に≪省略≫の結果を綜合すると、控訴人は前示のように本件土地を被控訴人の父清吉の所有と信じ同人からこれを買受け、売渡証(甲第一号証)、登記委任状(甲第二号証)その他必要書類を受取つたが、その後本件土地は被控訴人の所有名義となつており、しかも、清吉において被控訴人の承諾をえないで売却し、右売渡証等の書類も清吉が被控訴人の氏名を冒署し有合印を押捺して作成したものであることが判明し、本件土地(農地)に対する知事の所有権移転の許可をうることもできなかつたので、控訴人は仲介人森下利三郎を通じ清吉に対し被控訴人の承諾をうるよう催促していたが、清吉はそのうち話をつけるから暫らく待つてくれと云うのみで、ズルズルと日時が経過したが、昭和二八年二、三月頃に至り、被控訴人と特に親しかつた被控訴人の弟の妻である訴外大谷タキヱが清吉の依頼を受け大阪府枚岡市石切町の被控訴人方を訪ね、被控訴人に対し「両親が収入もないから田を売つて食べたから売渡証に押捺して欲しい」と懇願したところ、被控訴人は最初は不服を唱えていたが、タキヱのたつての懇請に、ついに前示清吉のなした売買を承認し、その二、三日後被控訴人の妻大谷千代枝に被控訴人の届出印章を持参して兵庫県津名郡江井町の父清吉方に赴かせ、同女をして前示売渡証、委任状(甲第一、二号証)に被控訴人の印鑑を押し直ほさせ、尚知事に対する農地所有権移転の許可申請書にも被控訴人の印鑑を押捺させて清吉に交付し、同人は仲介人森下利三郎を通じてこれを控訴人に交付し、更にその後間もなく右森下が本件土地所有権移転登記に必要な被控訴人の印鑑証明書を貰いに被控訴人方へ赴いた際も、被控訴人はその趣旨を了承して、早速役場から印鑑証明書の下附を受けて右森下に交付したことを認めることができ、証人大谷千代枝の証言≪省略≫中右認定に反する部分は証人≪省略≫の各証言に照らしにわかに措信し難い。そうすると被控訴人は父清吉が控訴人との間に昭和二五年一二月二〇日頃締結した本件土地売買契約を昭和二八年二、三月頃控訴人に対し追認したことが明らかであるから、右売買契約の効力は被控訴人に対し生ずるに至つたものといわなければならない。

しかして成立に争のない甲第三号証によると、本件土地の被控訴人より控訴人への所有権移転について昭和二八年五月一八日付で、兵庫県知事の農地法第三条による許可があつたことが認められるから、これにより本件土地売買契約は効力を生じ、被控訴人は控訴人に対し本件土地につき前示売買による所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至つたものといわなければならない。ところで前示証人森下利三郎及び古川秀一の証言によると、右知事の許可が下りて後、控訴人において、先に仲介人森下の手を経て被控訴人より受取つた印鑑証明書を使用し本件土地所有権移転登記手続をしようとしたところ、印鑑証明書の有効期限が経過していたので、改めて被控訴人に対し印鑑証明書の交付を要求したところ、態度を豹変しその交付を拒絶するに至つたので、やむなく本訴請求に及んだものであることを認めることができるから、控訴人の本訴請求は、正当として認容しなければならない。しかるに原審が、清吉の無権代理行為が認められない以上、追認の主張を判断するまでもなく本訴請求は理由がないとして控訴人の請求を棄却したのは失当で、本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 大野千里)

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